ポストメタル名盤 INTRONAUT『The Direction Of Last Things』レビュー

2017/05/04

アルバムレビュー


 今回は、アメリカのポストメタル(アトモスフェリック・スラッジ・メタル)バンドINTRONAUTの名盤『The Direction Of Last Things』(2015年発表)を紹介します。2004年結成の彼らはポストメタルというジャンルに分類されていますが、他の一般的ポストメタルバンドとは少し異なった音楽性を持ち、プログレッシヴ・メタルに分類されている場合もあります。

 まずはメンバー編成から。1stでギターを弾いていたLeon del Muerteが脱退した後、Dave Timnickが加入した2nd『Prehistoricisms』(2007年)発表時から2017年現在までメンバー構成は変わっておらず、以下の通りです。他のバンドと掛け持ちしているメンバーが多いですね。


ギター、メインヴォーカル - Sacha Dunable (BEREFIT, 元ANUBIS RISING)
ギター、サイドヴォーカル、パーカッション(タブラ他) - Dave Timnick
ベース - Joe Lester (MOUTH OF THE ARCHITECT)
ドラム - Danny Walker (PHOBIA, 元EXHUMED)


ギターのDave Timnickは音楽学校で楽理を学んでおり、ベースのJoe Lesterも音大でジャズのウッドベースの修練を積んでいます。また、Sacha Dunableは楽器製作家でもあり、CONVERGE, DEAFHEAVENやHIGH ON FIREといった著名なバンドのメンバーが彼のギターを使用しています。

 INTRONAUTがインタビューで挙げている特に影響を受けたバンドは以下の通りです。

PINK FLOYD
KING CRIMSON
YES
TOOL
ALICE IN CHAINS
MESHUGGAH
NEUROSIS
Nik Bärtsch
(複雑なリズム構成が持ち味のスイスのジャズピアニスト)
ジャズ全般
アフリカ民族音楽
 
北インドのクラシック (ヒンドゥスターニー音楽)
アフロ・キューバン (ラテン音楽)


 INTRONAUTの音楽は基本的に上記のミュージシャン達をかけ合わせたようなモノだと言えます。PINK FLOYDやALICE IN CHAINS的な浮遊感のある歌メロ、第三期(John Wetton在籍時)KING CRIMSONやTOOLの邪悪なメロディと変拍子、NEUROSISのスローな大曲構成、MESHUGGAH的なうねりのあるギターリフ、ジャズ特有のオシャレなコード、民族音楽の複雑なリズムなどなど。特にKING CRIMSONに関しては、多くのメタルバンドに参照されがちな邪悪なメロディだけではなく、80年代の三部作で用いられた精緻なポリリズムもINTRONAUTは導入しており、かなりの影響を受けている事が伺えます。
また、ALICE IN CHAINSに関してはリフ作りだけでなく、ヴォーカル・ハーモニーも影響を受けているそうです。 民族音楽に関しては、自分がそちら方面の音楽には全く詳しく無いので何とも言えませんが、メロディやコード進行よりも複雑なリズム構成の部分での影響が大きいのでしょう。Sacha Dunableは他にもCLOUDKICKERLuisito Quintero(ベネズエラの打楽器奏者)なんかも聴いているそうです。(ちなみに、MASTODONとBARONESSはよく引き合いに出されるが、直接的に影響を受けている訳では無いらしいです。) 

 INTRONAUTは上記の影響元が明確に表れているサウンドとはいえ、単なる足し算の域を超えた緻密かつ高度な楽曲を生み出しています。彼らの一番の魅力はその独特の空気感で、ジャズ的な浮遊感のあるコードを随所に取り込むことによって、NEUROSISやALICE IN CHAINSといった(彼らが影響元として挙げている)バンドの様に聴き手を拒絶するような陰鬱なムードがうまく緩和されているのです。また、彼らの特徴といえば偏執的なまでに多用される変拍子やポリリズムですが、凡百のテクデスやプログレにありがちな「複雑なリズムを使う事自体が目的化」しておらず、あくまで緊迫した世界観を表現する為の手段として適切に複雑な要素を使用している様に感じます。
その結果として、いわゆるアトモスフェリックな"静"パートであっても聴き手を容易に安心させない独特の緊張感を持続しているのです。Dave TimnickはINTRONAUT加入前はドラムをメインの楽器としていたらしいのですが、ポリリズムをはじめとする多彩なリズム・アイデアは彼によって生み出されるものが多いそうです。「打楽器でも弦楽器でも鍵盤楽器でも何の楽器であっても、リズムが一番のカギだ。」 by Dave Timnick.

 また、そんな難解な楽曲を演奏する彼らの演奏技術は言うまでも無く高度で、特にドラムとベースの2人の貢献は凄まじいものがあります。ドラマーDanny Walkerはジャズの素養を存分に生かした手数多めで繊細なフレージングや音色表現が見事ですし、民族音楽風の躍動感あふれるフレーズも難なく叩くなど、驚異的な引き出しの多さを持っています。5弦フレットレスベースの使い手Joe Lesterは特にアトモスフェリックなパートでの繊細な表現力が光っています。作曲は主にSacha DunableとDave Timnickの2人が担当しているのですが、Joe Lesterの卓越したベースを活かすために、作曲段階である程度のスペースを設けているらしいです。
 
 さて、『The Direction Of Last Things』はそういった彼らの持ち味が存分に発揮された作品で、彼らの作品に初めて聴く方に特にオススメしたい作品です。また、
自分は今作が彼らの作品群の中でも特に作品全体で描かれている「静と動」の描き分けが素晴らしいと感じます。「静と動の対比」というのはポストメタルを形容する時に良く用いられるワードです。アトモスフェリックな"静"パートと轟音渦巻く豪快な"動"パートの対比がポストメタルファンの愛する所なのでしょう。しかしながら、静と動というものはそう簡単に分割出来るものではありません。INTORONAUTの素晴らしい所は、10.0~0.0の間を大げさに行き来するのではなく、7.0~3.0の間をゆったりと揺れ動く様な独特の空気感が生み出されている点です(個人的な感覚なのであんまり他人にはピンと来ないとは思いますが)。『The Direction Of Last Things』は幅広い音楽からの影響や複雑なリズム構成によって、並のメタルバンドでは到底到達する事の出来ない静と動の描き分けに成功しています。 

 各曲の個性という点も見事で、下記に動画を張った曲以外でも少しDjent風(構造は違うのだと思いますが、雰囲気は似てる)な「The Pleasant Surprise」や、後半のフュージョン風な展開が最高と言う他ない「The Unlikely Event Of A Water Landing」など、非常にキャラ立ちした名曲群が収められています(もちろん捨て曲ゼロ)。グロウルとクリーンボイスのバランスやトータルで46分というコンパクトな構成も潔く、驚異的に濃密な作風ながら意外とアッサリと全体を聴かせるという点でも出色の出来だと思います。

 要するに、この作品の魅力を羅列すると、

・邪悪さとクリーンさのバランスが秀逸
・とにかく複雑なリズム構成(おそらく全メタル史上でもかなり上位)
・演奏技術が凄まじい
・静と動の描き分けが絶妙
・各曲ごとの個性が際立っており、聴き手を飽きさせない
(2nd以降の彼らにしては)テンポが早めのパートが多い
グロウルとクリーンボイスのバランスが良い
トータルで46分というコンパクトな構成

などが挙げられます。それから、最終曲のテンポが比較的早めかつ終わり方が潔いというのは個人的にはかなり◎です(こういったジャンルでは珍しいはず)。

 このバンドはポストメタル界隈ではそれなりの地位は確立しているとはいえ、個人的には過小評価されすぎだという印象は拭えません(音楽だけでメシを食えてはいない様です)。スラッジメタルやポストメタルといったジャンルにそこまでハマれない私の様な人間でも好きになれるバンドなので、ISISとかNEUROSISとかCULT OF LUNAとかの大御所がピンと来なかった方には特にオススメしたいですね。ポストメタルに興味がある方だけでなく、ジャズやフュージョン寄りのメタルが好きな方や複雑なリズム構成の音楽全般が好きな方もとにかく必聴です。個人的には、今まで自分が聴いてきた全てのHR/HM作品の中でも上位トップ20くらいにはランクインする作品です。

 彼らの魅力がギッシリと詰まったアルバム冒頭を飾る名曲。中盤のポリリズムパートは80年代KING CRIMSONを意識したとメンバーが言及しています。

 作品中でも特に邪悪さが滲み出た曲で、ポリリズムが用いられた難解なイントロが印象的。個人的には今作収録曲の中でも特に好きな曲です。


 この曲に限った話ではないのですが、彼らは7分を越えるような大曲をダレさせない構成力、および静と動の描き分けの巧みさが尋常ではないバンド。この曲は特にその持ち味が出ていると思います。

 ちなみに、彼らの過去作はどれも秀作揃いなのですが、4作目『Habitual Levitations (Instilling Words With Tones)』は特にオススメです。スローテンポの曲が大半を占めているとはいえ、彼ら特有の浮遊感と緊張感の融和が見事極まりなく、「大人しくなった」の一言では片付けられない充実度となっています。個人的には今回紹介した『The Direction Of Last Things』の方が分かりやすい勢いがあって好みですが、完成度では引けを取っていません。デスボイスを一切使用していないという点においても、非メタラーのプログレ好きやフュージョン好きにも知られて欲しい作品です。(クリーンボイスを全く聴きたくないという硬派な方は2nd『Prehistoricisms』をどうぞ。全編グロウルかつ、民族音楽風のパーカッションがやや多めの作品です。)

前作『Habitual Levitations (Instilling Words With Tones)』収録。フュージョンと民族音楽の要素が色濃い名曲。

 前作収録曲の中では割と激しめの曲で、モロにKING CRIMSONリスペクトな邪悪なギターが聴けます。INTRONAUTは速弾きリフの使い方がとにかく上手なバンドで、この曲では曲の盛り上がりに合わせて「ここぞ!」というタイミングで披露してくれます。「Digital Gerrymandering」と並んで彼らの全楽曲の中で自分が特に好きな曲です。


主な参考資料 (全て英語)
http://www.lordsofmetal.nl/en/interviews/view/id/4748
http://www.queensofsteel.com/2005/04/intronaut-eng/
http://www.metalsucks.net/2013/03/08/big-bottoms-joe-lester-of-intronaut-on-how-to-jazz-up-your-sludge-riffs/
http://decibelmagazine.com/blog/2015/11/8/sacha-dunable-david-timnick-intronaut-interviewed
http://beardedgentlemenmusic.com/2013/05/09/15-questions-with-intronaut/
https://www.premierguitar.com/articles/23918-technically-free-intronauts-sacha-dunable-and-dave-timnick?page=1 (かなり踏み込んだ質問が多く、充実したインタビューです。)