音楽をもう一歩深く楽しむために (音楽理論の基礎の大切さ)

2016/10/16

音楽理論


 今回は、クラシック音楽を聴き、古楽器を嗜む友人Aが「音楽への理解が浅薄なままに留まっている現代人諸氏の蒙を啓く」為に(?)寄稿してくれました。


このブログをご覧の皆さんは、きっかけは何であれエレキギターやエレキベース、ドラムなどの楽器によって演奏されるメタルという名の音楽を聴き、また演奏されていることだと思います。音楽を楽しむうえで大切なこと、それは自分の好きな楽器で自分の気に入った音楽を演奏、あるいは聴くという素朴な回答が、詰まるところ本質なのだと思います。習得していない言語で紡がれる歌であっても、気に入るときは気に入るというわけで、一定の教養や知識を前提とせずとも楽しめる点が、純文学や古典絵画にはない音楽の魅力であることは否定できません。

ですが、私が皆さん――音楽をより深く楽しもうと少しでも志している方々――にお伝えしたいことは、前段の内容とは少々趣を異にします。音楽愛好家、特に日本の場合は悲しいことにハイアマチュアやプロであってもそうなのですが、自分の好きな音楽を追求していく際、周囲の仲間や教師、果ては無知蒙昧なレビュアーの意見を第一に参照し、方向性を定めているような印象を受けます。皆さんのご友人や教師は、音楽が好きで練習も熱心に取り組んでいるのかもしれませんが、その場合でも「音楽」を理解できているとは限りません。タイトルに掲げた、音楽をもう一歩深く楽しむため最も大切なこと、あるいは音楽自体において最も大切なこと、それはレトリックを理解することです。このことは日本ではほとんど理解されていませんから、今回は一つのコード進行を例に、少々実践的に説明したいと思います。

調性(キー)はなんでもいいのですが、例えばC majorでは、最も西洋音楽(もちろんロックやメタルも含まれます)らしいコード進行は、「C-F-G-C」という進行です。このコードをギターで弾きながら、適当に歌をつければそれだけでも立派な音楽を作ることができます。ですが、クラシックのプロも含めて、この「C-F-G-C」という最もシンプルな進行の意味・レトリックを理解している人間は日本にはきわめて少ないと言わざるを得ません。一旦この進行を解説してみましょう。

C majorの楽曲においては、Cの和音は主和音(トニック)といって、最も基本となる和音です。三番目のGは、Cの和音へ向かって進行する指向性の強い和音(ドミナント)で、ここでも実際Cの和音に解決しています。Fの和音はGに向かって進行する指向性があるものの、どちらかといえば楽曲全体に彩を添える役割も担っています。

とまあ、これが基本的な解説で、この程度のことなら知っているよ!と思われる方も多いでしょう。もちろん実際の演奏では、例えばGがG7になったり、FがD/Fになったりと、変化をつけることができます。では、ここからが本題です。

皆さんは、「C-F-G-C」の進行をどのようなアーティキュレーションで演奏しますか?

この問いに対して決定的な答えを用意することはできません。優れたアーティキュレーションを付すためには、曲がどのような目的で作曲されているのか、歌詞の意味は何であるのか、メロディラインが時折生み出す不協和音程は経過的なものなのかそれとも意図的なものなのか、などなど、様々な要素を複合的に理解していなければ、優れたアーティキュレーションで演奏することはできません。

さて、誰かの楽曲を演奏する場合、その曲を自分が作曲できるぐらい理解できていないと、本来の意味で「聴いている」ことにはならないというのが、ヨーロッパの心ある音楽家の共通認識であります。それでは皆さん、唐突ですが、「4分の4拍子、ベースラインはド-ファ-ソ-ドの二分音符を基本とする」という条件で、変奏曲を作曲(即興演奏)してみてください(50小節くらい?)。作曲の課題としては、この世で最も簡単でしょう。

・・・できますでしょうか。単にコードをかき鳴らすのではなく、リズムのバリエーションを確保し、しっかりとメロディを付けたうえで、例えば盛り上げる場面ではファとソの間にファ♯を挿入してドッペルドミナントの進行にしたり、揺らぎを表現するために、Fの和音が鳴っている時のメロディラインを時折「ミ」や「レ♭」にしたり、意外性とメロディの継続性を演出するために最後のCをA/Cに変えてみたりと、様々な工夫をしてみないと、曲らしく聞こえないでしょう。

さて、少々意地の悪い言い方ですが、音楽を聴き始めて間もない場合はともかく、死ぬほど音楽を聴いていて、ショパンの楽曲を演奏したりコピーバンドで活動されている場合でも、ほとんどの方はコードを鳴らすだけで精一杯だったはずです。「自分はセブンスその他バラエティ豊かな和音を入れ込むことが出来た!」と息巻く方もいるかもしれませんが、複雑なことをやったとして、その一つ一つの意味を理解していない演奏であれば、単に幼稚園児が教師から言われるがままにダンスの振り付けを実践しているのと精神レベルは何ら変わらない、音楽的には無価値な行為と言われても仕方ありません。

つまり、ほとんどの皆さんは、厳しい言い方ではありますが、これまで演奏はおろか「聴く」ことすらままならない状態で、そのくせ表面的な理解だけで、一流の作曲家や演奏家のパフォーマンスについて良し悪しを語ってきたわけです。「C-F-G-C」という最も単純かつ基本的なコード進行、これすら十分に理解できないのであれば、他のより複雑な進行で書かれた音楽など、演奏はおろか理解すらできるはずがありません。ジャズを聴いて悦に浸るのも良いでしょうが、あれは音楽的に非常に高度なことをやっており、うわべだけの理解を超えて心からジャズを好きになることは、(ジャズを広めたいと思っている方としては本意ではないでしょうが)実にハードルの高いことなのです。気楽に音楽を楽しむことが悪いと言っているのではありません。音楽に付随するレトリックの理解抜きでは「もう一歩深く音楽を楽しむ」ことが出来ないと言っているのです。

音楽理論を敬遠される方は少なくありません。しかし、その態度に固執する限り、あなたは音楽を深く楽しむうえでのスタート地点にすら立てていないことを、ぜひこの機会に理解してほしいと願います。

実践的なアドバイスをしますと、皆さんが今後やるべきことは以下の通りです。

① 英語の習得
学生の皆さんはゆっくり始めれば十分です。大人の皆さん、西洋の音楽、ましてやメタルであれば、英語の能力(最低限「読み」の力)は不可欠です。

これから色々と調べる際には、日本語の情報のみにアクセスするような真似は絶対に慎まなければなりません。日本語で読める情報は、音楽的に無価値な書き手の詠嘆を程度の低いレトリックで書き殴っているようなものがほとんどです。(こう書くとすぐに「例外」を挙げる方がいますが、その「例外」が真の意味で音楽を理解している書き手によるものであるかどうか判断するためには、他でもないあなた自身が深く音楽を勉強できていない限り不可能であることを忘れないでください。)

② 文学作品を読む
クラシック系の人であれば英語に限らず、ドイツ語やイタリア語、ラテン語などの文学・哲学にもたくさん触れてほしいですね。ヨーロッパの一流の音楽家は、皆この程度の教養は備えていますし、聴衆もまた然りです。ウィーンやパリに留学した音楽家のほとんどが失意の中帰国する最大の理由、それは演奏技術の問題などではなく、聴衆に訴えかけるだけの「滲み出る教養」が、聴衆のレベルにすら追いついていないことが最大の要因です。

メタルなど、西洋古典音楽の流れをくむ現代音楽の場合でも、グレートギャツビーぐらいは読んでみてはどうでしょうか。音楽だけの問題ではありません。音楽を含めた「文化」を楽しむといった姿勢・態度をとったほうが、人生楽しめると思いますよ。


③ 和声(コード進行)の勉強。
必ず五線譜に書き起こし、鍵盤楽器で逐一課題を演奏しながら勉強しましょう。独学は不可能です。専門学校などに通いましょう。クラシック系もやる方は、和声だけでなく対位法とバッハ様式のコラール演習までできると良いですね。
 
④ コード進行に乗せた即興演奏
和声を一通り学んだら、以下のコード進行で即興演奏を繰り返し実践してみてください。楽器は自由で、様々なキーでやるのが良いので、コードはベースの音度で記載します。

ベルガマスカ(I-IV-V-I)、代表的な調はハ長調、ヘ長調など。基本的に長調。
チャッコーナ(I-V-VI-V)、代表的な調はハ長調、ヘ長調など。基本的に長調。
ロマネスカ(III-VII-I-V, III-VII-I-V-I)、代表的な調はハ短調、ニ短調、ト短調など。短調のテーマ。
パッサカリア(I-VII-VI-V)、代表的な調はハ短調、ニ短調、ホ短調、イ短調など。長調の場合も多く、上記チャッコーナとの関連が強い。メタルも含め、現代でも特によく見られる進行。
タランテラ(I-VII-III-IV-V-V-I)、代表的な調はニ短調、イ短調など

ここで注意して欲しいのは、まず皆さんがやるべきことは楽器を構えてチューニングすることではなく、上記のベルガマスカやチャッコーナという名前が何を意味するのか、起源はどこなのか、演奏された当時の状況やコンテクストはどのようなものであったのか、といった点を「英語で」調査し、同じテーマで作曲された先人たちの楽曲を分析してみることです。そこをある程度理解してこそ、初めて説得力のある演奏が可能になります。

また、なまじ和声を学んだ方にありがちな失敗として、必要以上に変化をつけすぎて音楽的に情報量が多くなりすぎてしまうことが挙げられますが、先人達の音楽は、適度に抑制を効かせることで、一つ一つの和音の変化を際立たせるような創意工夫に満ち溢れています。

⑤ アンサンブル
合奏する機会はぜひとも持ちましょう。上記①~④を実践できている人を日本で探すことは難しいでしょうが、たとえ相手のレベルが自分とかけ離れていても、室内で一人演奏しているだけの状態よりは、格段に得られるものは多いはずです。


・・・無理だと思った方も多いのではないでしょうか。一つ一つのステップをすべて完璧にこなさなければならないと言うつもりはありません。少しずつ実践していくだけでも、皆さんの音楽ライフは格段に豊かになるということは、間違いないことだと思います。冒頭に戻ってみてください。気楽な心持で音楽を聴くことの良さもまた否定できないのですから。


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